レーニン、ゲバラ、カストロ、マンデラ‥20世紀を代表する変革の指導者の前には、いつもマルクスとエンゲルスがいた。本作はドイツ、フランス、イギリス、ベルギーを舞台に、二人が「今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」という有名な言葉で始まる『共産党宣言』を執筆するまでの日々をドラマティックに描く。
監督は『ルムンバの叫び』(00)、『私はあなたのニグロではない』(16)で知られる社会派の名匠ラウル・ペック監督。彼はマルクスとエンゲルスの思想は過去のものではなく、社会をよりよくするという思いが不滅である限り永遠であると映画を通して語っている。とりわけエンド・クレジットで流れるボブ・ディランの名曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」がそのことを強烈に伝えてくる。
若きマルクスとエンゲルスの友情は世界の未来を大きく変えた   
永遠の名著『共産党宣言』(1848)が誕生するまでの激烈な日々を描く歴史的感動作。
1840年代のヨーロッパでは、産業革命が生んだ社会のひずみが格差をもたらし、貧困の嵐が吹き荒れ、人々は人間の尊厳を奪われて、不当な労働が強いられていた。20代半ばのカール・マルクスは、搾取と不平等な世界に対抗すべく独自に政治批判を展開するが、それによってドイツを追われ、フランスへと辿りつく。パリで彼はフリードリヒ・エンゲルスと運命の再会を果たし、エンゲルスの経済論に着目したマルクスは彼と深い友情をはぐくんでゆく。激しく揺れ動く時代、資本家と労働者の対立が拡大し、人々に革新的理論が待望されるなか、二人はかけがえのない同志である妻たちとともに、時代を超えて読み継がれてゆく『共産党宣言』の執筆に打ち込んでゆく――。
1818年5月5日プロイセン、トリーア生まれ。ユダヤ人家庭で育つ。1835年にボン大学に入学。1836年夏、貴族の娘であるイェニー・フォン・ヴェストファーレンと婚約、10月にはベルリン大学へ転学する。1837年、病気療養のため滞在したシュトラローで、青年ヘーゲル派が集っていた「ドクトル・クラブ」に加入し、ブルーノ・バウアーらと親交を結ぶ。1841年にイエナ大学に『デモクリトスとエピクロスの自然哲学の差異』を提出し、哲学博士号を取得。その後、教授職を探すものの断念し、『ライン新聞』のジャーナリスト、編集者となる。1843年、言論弾圧の中で『ライン新聞』が廃刊となると、アーノルト・ルーゲらとともに共同編集者として『独仏年誌』刊行に携わる。同年、イェニーとクロイツナハにて結婚し、パリに移住。1844年にブルーノ・バウアーを批判した「ユダヤ人問題によせて」、「ヘーゲル法哲学批判序説」を『独仏年誌』に掲載する。また、『独仏年誌』に掲載されたエンゲルスの「国民経済学批判大綱」に感銘を受け、10日間にも及ぶ自宅での話し合いを経て、意気投合。バウアー一派を批判した『聖家族』(1845)を共同執筆し、終生の友人となる。1845年、フランス政府による追放を受けて、ブリュッセルに移住。エンゲルスらとともに青年ヘーゲル派やカール・グリュ-ンらの真正社会主義を批判した草稿『ドイツ・イデオロギー』の出版を目指すも断念。1847年、プルードンを批判した『哲学の貧困』を出版。1848年には共産主義者同盟の綱領として『共産党宣言』をエンゲルスと共同執筆する。その後、ヨーロッパ各地で発生した革命の動乱の中、パリを経て終生の地となるロンドンへと移住し、経済学研究を再開。1867年、主著『資本論』第一巻を刊行。存命中に全三巻の刊行には至らなかったものの、死後、エンゲルスの尽力により編集、刊行された。1883年3月14日死去(享年64歳)。
1820年11月28日、紡績工場を営む父の下、プロイセンのバルメン(現:ヴッパータール)に生まれる。1837年、ギムナジウム(日本における高等学校の位置づけ)を中退し、父の仕事を手伝う。1841年、兵役義務のため、ベルリン近衛砲兵旅団に入隊し、その合間にベルリン大学で聴講し、青年ヘーゲル派と交わる。1842年、父が共同経営するエルメン・アンド・エンゲルス商会の紡績工場で働くために、マンチェスターに行き、仕事の傍ら、労働者階級の状態を調査する。この調査は後に『イギリスにおける労働者階級の状態』(1845)として出版されることになる。また1843年には、この調査の中で出会ったアイルランド出身の労働者メアリー・バーンズと共同生活を始める。1844年には『独仏年誌』に、「国民経済学批判大綱」を掲載。経済学の知識が乏しかった当時のマルクスに大きな感銘を与えるとともに、エンゲルスも『独仏年誌』に掲載されたマルクスの論文に感銘を受け、互いに意気投合する。『聖家族』を共同執筆後は、一時バルメンに戻り、商会の仕事に従事するも1845年、マルクスのパリ追放と同時にブリュッセルに移住。ヨーロッパ各地における共産主義運動の結集を目指し、各地で活動を展開し、正義者同盟を共産主義者同盟に発展させた。1848年、マルクスと共に共産主義者同盟の綱領として『共産党宣言』を著す。革命後は、マンチェスターにおいて商会の仕事に従事し、マルクス一家への金銭的援助も行い、一方で仕事の傍ら、政治経済の分析を行うという二重生活を送る。マルクスの死後は遺稿を基に、マルクスの悪筆に苦しみ、目を悪くしながらも、『資本論』第二、三巻を編集、出版するとともに、国際労働運動に対する助言を行った。その他の著作として『自然弁証法論』(1873-1876)、『反デューリング論』(1878)、『空想より科学へ』(1880)、『家族・私有財産・国家の起源』(1884)。1895年8月5日喉頭がんで死去(享年74歳)。
ハイチに生まれ、コンゴ、アメリカ、フランスで育つ。ベルリン工科大学で経済工学を修め、西ドイツ初の映画学校、ドイツ映画テレビアカデミーベルリンに進んだ。1996~97年にはハイチの文化大臣に就任、2010年からはパリのフランス国立映画学校FEMISの学長に。2001年にはアイリーン・ダイヤモンド(アメリカのタレントスカウト)と並び人権NGO、ヒューマン・ライツ・ウォッチから特別功労賞を受賞。2012年カンヌ国際映画祭や2002年ベルリン国際映画祭では審査員を務めた。代表作に『ルムンバの叫び』(00年)、『私はあなたのニグロではない』(16年)などがある。
監督のコメント
今、世界が一連の未曾有の経済危機を経験する中で、カール・マルクスに再び注目が集まり、予想外の関心が高まっている。ここ数年、世界の有力誌――『TIME』『ニューズウィーク』『Forbes』『フィナンシャル・タイムズ』はもとより『Der Spiegel』までも――の表紙にマルクスが登場している。遡って1999年のBBC世論調査では、マルクスが20世紀のもっとも偉大な思想家として、2位のアルバート・アインシュタインを抑えて首位にランクされている。2014年には、フランスの経済学者トマ・ピケティの『21世紀の資本』が45万部を売り上げ、カール・マルクスの理論が大いに脚光を浴びることとなった。
これらのジャーナリストや経済学者たちは判断を間違っていない。ベルリンの壁崩壊25周年を祝ったばかりの今だからこそ、原点に立ち戻ることができるのだ。カール・マルクスの科学的論文の本質とは何であっただろうか。彼の思想から生まれた教理が世界にもたらしたこと、20世紀的世界秩序の崩壊に対して、責任や罪悪感を抱くことなく考える時が来たのだ。30歳を迎えるよりも前に、マルクスとエンゲルスは世界を変え始めていた。この映画が描きたかったもの、それは、若さと、思想の革命である。
1976年ベルリン生まれ、父は俳優のハンス・ディール。ベルリンのエルンスト・ブッシュ演劇大学で演技を学び、主演作「23 トゥエンティースリー」(99、ハンス=クリスティアン・シュミット監督)でドイツ映画賞の主演男優賞を受賞して華々しく映画デビュー。ドイツ語圏の演劇界を席巻しながら並行して『青い棘』(04、アヒム・フォン・ボリエス監督/ドイツ映画批評家協会最優秀男優賞受賞) 『ヒトラーの贋札』(07、ステファン・ルツォヴィツキー監督)などに出演し、クエンティン・タランティーノ監督『イングロリアス・バスターズ』(09)のヘルシュトローム少佐役で国際的にブレイク。翌年の『ソルト』ではアンジェリーナ・ジョリーと共演した。日本でも『リスボンに誘われて 』(13、ビレ・アウグスト監督)、『マリアンヌ』(16、ロバート・ゼメキス監督) 『汚れたダイヤモンド』(16、アルチュール・アラリ監督)などが続々公開されている人気俳優。ドイツ語のほか、フランス語、英語、スペイン語に堪能なディールはベルリン国際映画祭出品作の常連で、2000年にシューティング・スター賞を受賞。2005年と2011年のドイツ映画賞では主演男優賞候補になった。テレンス・マリック監督の最新作「Raegund」の主演が待機中。
1980年、ドイツのシュターデ生まれ。幼少期に家を離れ、パリの学校で一時期を過ごした。ハンブルグの小劇場で2年を過ごした後、エルンスト・ブッシュ演劇大学へ。舞台俳優として成功を収め、演劇雑誌<テアター・ホイテ>が選ぶ有望若手俳優に選出された。映画では、ジャーマン・カメラ賞を受賞した「NVA」(05)、「Knallhart」(06)や「Same Same But Different」(09)などのドイツ作品に出演。ドイツで多くのTV作品に出演したのち、2014年のTV作品「Démons」でロマン・デュリスと共演したのを皮切りに、フランスの舞台やTVにも進出。次回作はリュック・ベッソン監督の「Valerian and the City of a Thousand Planets」(17)。
学生時代にルクセンブルクのコンセルヴァトワールやシャウシュピールハウス・チューリッヒ俳優劇場で演技を学ぶ。ダニエル・ブリュール主演の『コロニア』(15、フロリアン・ガレンベルガー監督)やアントン・コルベイン監督の『誰よりも狙われた男』(13)「殺意は薔薇の香り」(13、フィリップ・クローデル監督<未>)、「SHIBARI 壊れた二人 」(13、エレーヌ・フィリエール監督<未>)などに出演。「Das Zimmermädchen Lynn」(14)ではドイツ映画ニュー・タレント賞の有望若手女優賞を受賞した。ポール・トーマス・アンダーソンの『ファントム・スレッド』(17)でダニエル・デイ=ルイスと共演。
1963年ベルギー生まれ。96年、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の『イゴールの約束』でベルギーのナミュール国際映画祭最優秀男優賞を受賞。以来、ダルデンヌ作品には欠かせない俳優として『ロゼッタ』(99、カンヌ国際映画祭パルムドール最高賞)『息子のまなざし』(02、カンヌ国際映画祭男優賞)『ロルナの祈り』(08、カンヌ国際映画祭パルムドール最高賞)『少年と自転車 』(11、カンヌ国際映画祭グランプリ)『サンドラの週末』(14)『午後8時の訪問者 』(16)に出演している。そのほかにも『リード・マイ・リップス』(01)のジャック・オーディアール監督、『レセ・パセ 自由への通行許可証』(02)のベルトラン・タヴェルニエ監督、「タイム・オブ・ザ・ウルフ」(03)のミヒャエル・ハネケ監督らヨーロッパの実力派監督作を筆頭に数多くの作品に出演。近年も『ヴィオレット ある作家の肖像』(13、マルタン・プロヴォ監督)『ボヴァリー夫人』(14、ソフィー・バルテス監督)『ショコラ~君がいて、僕がいる~』(15、ロシュディ・ゼム監督) 『ルージュの手紙』(17、マルタン・プロヴォ監督)などで日本でもおなじみだが、16年には黒沢清監督が初めてフランスで撮影した『ダゲレオタイプの女』(16)に登場して話題となった。
マルクスが割と嫌味な奴で、エンゲルスがナイスガイ。妻たちは二人とも傑物で、プルードンもバクーニンもマルクスよりはだいぶ人間が練れているというあたりの設定に説得力がある。
あのときにマルクスとエンゲルスがいなければ、19世紀以降の政治闘争は「人間的に練れた」空想的社会主義者たちが指導したのかもしれない、そうなったら世界史はどう変わっただろうという不穏な想像につい耽ってしまう。
内田樹
神戸女学院大学名誉教授
格差と不平等という人類の課題に、若さとほとばしる情熱で立ち向かったマルクスとエンゲルス。まるでラブストーリーのように語られる『共産党宣言』誕生の舞台裏は、現代を生きる私達に大きなヒントを与えてくれる。
増田ユリヤ
ジャーナリスト
青臭く流されやすいお坊ちゃまのエンゲルスに、粗野で自信過剰ながら生活の現実に悩むマルクス。フォイエルバッハらとの人間くさいつきあいにも触れつつ、世界共産主義運動の中でのヴァイトリングとの衝突などもふまえ、『共産党宣言』の執筆に至る、イデオロギー的な歪曲を抑えたリアルなマルクス/エンゲルス像を描き出す!
山形浩生
翻訳者・評論家/トマ・ピケティ「21世紀の資本」翻訳者
若きマルクスとエンゲルスの正義感が伝わってくる。特に資本家で大金持ちでありながら、他人を搾取する社会を変えようと活動する若きエンゲルスが魅力的だ。
佐藤優
作家・元外務省主任分析官
世界の富の82%が1%の富裕層に集中する異常。19世紀のプロレタリアートは貧困を纏って今やプレカリアートになった。この映画は教えてくれる。搾取と繁栄の計算式を、そして我々があきらめた理想の姿を。
堀潤
ジャーナリスト・キャスター
ふたりを突き動かしていたのは、決して「若さ」みたいな、消費されがちな世代感覚だけではないはずです。どこか、否定できない真っ当さがあった。いまやこんな時代です。賛否はともかくとしても、資本主義を真正面から受け止めるためにこそ、最大の批判者であるマルクスとエンゲルスの、その「迫力」を、目の当たりにする必要があるように思います。
未来のための公共
都道府県 劇場名 電話番号 公開日
北海道 シアターキノ 011-231-9355 6/2(土)
青森 フォーラム八戸 0178-71-1555 7/13(金)
岩手 フォーラム盛岡 019-622-4770 7/20(金)
宮城 チネ・ラヴィータ 022-299-5555 6/22(金)
山形 フォーラム山形 023-632-3220 7/20(金)
福島 フォーラム福島 024-533-1717 7/6(金)
東京 岩波ホール 03-3262-5252 終了
東京 下高井戸シネマ 03-3328-1008 7/14(土)
東京 新宿武蔵野館 03-3354-5670 6/23(土)
東京 ヒューマントラストシネマ有楽町 03-6259-8608 6/16(土)
神奈川 シネマリン 045-341-3180 6/30(土)
神奈川 川崎市アートセンター 044-955-0107 順次公開
千葉 千葉劇場 043-227-4591 6/30(土)
埼玉 深谷シネマ 048-551-4592 順次公開
群馬 シネマテークたかさき 027-325-1744 順次公開
埼玉 あまや座 029-212-7531 順次公開
栃木 宇都宮ヒカリ座 028-633-4445 9/15(土)
長野 長野松竹相生座・ロキシー1・2 026-232-3016 6/23(土)
長野 東座 0263-52-0515 順次公開
新潟 シネ・ウインド 025-243-5530 順次公開
福井 メトロ劇場 0776-22-1772 順次公開
石川 シネモンド 076-220-5007 7/21(土)
愛知 名演小劇場 052-931-1701 4/28(土)
静岡 CINEMAe~ra. 053-489-5539 8/4(土)
静岡 シネギャラリー 054-250-0283 7/7(土)
三重 伊勢進富座 0596-28-2875 6/23(土)
大阪 シネ・リーブル梅田 06-6440-5930 5/12(土)
大阪 シアターセブン 06-4862-7733 順次公開
京都 京都シネマ 075-353-4723 6/30(土)
兵庫 シネ・リーブル神戸 078-334-2126 6/9(土)
広島 横川シネマ 082-231-1001 順次公開
広島 シネマ尾道 0848-24-8222 8/18(土)
岡山 シネマクレール 086-231-0019 7/21(土)
愛媛 シネマルナティック 089-933-9240 順次公開
香川 ソレイユ 087-861-3366 順次公開
福岡 KBCシネマ 092-751-4268 7/1(日)
長崎 長崎セントラル劇場 095-823-0900 8/17(土)
佐賀 シアターシエマ 0952-27-5116 7月13日
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大分 シネマ5 097-536-4512 6/9(土)
鹿児島 ガーデンズシネマ 099-222-8746 順次公開
宮崎 宮崎キネマ館 0985-28-1162 順次公開
沖縄 桜坂劇場 098-860-9555 8/4(土)